きみと真夜中をぬけて
⁎⋆*✩
「やえちゃん、鬱になったんだって」
風邪に乗って流れて来た噂──…事実を耳にしたのは、中学1年生の終わり。春休みのことだった。
西本 やえ。
俺の、4つ上の幼馴染だ。その噂を聞いた当時、彼女は高校2年生だった。
「大丈夫かしらね……。あの子、昔から繊細だったでしょう」
「うん」
「綺、最近会ってないの?やえちゃんの話、何にも知らなかったのかしら」
「うん」
「鬱って、ねぇ。若い子でもなりやすい時代になったのねぇ」
「うん」
「やえちゃんのこと、気にかけてあげなさいね」
「うん」
4年前のあの日のことを、俺はいつになっても鮮明に思いだしてしまう。
心のこもってない返事に、母は気づいていただろうか。
西本やえが鬱になったという事実を、俺が内心どんな気持ちで聞いていたかなんて、きっと誰も知らないし、知ろうとすらしないことなのだと思う。
病気とは己の証明である。
やえは心の病気になった。薬がないと眠れないらしい。何をするにも億劫で、自分には何もないと感じるらしい。
死にたい、消えてしまいたいと、毎日のように思うそうだ。
俺はそんな、繊細そうな彼女を───羨ましいと思っていた。