きみと真夜中をぬけて





私の言葉を遮って、店内に真夜中さんの声が落ちる。

何も具体的なことは言っていなかったから、何に対して“良い”と言われているのかわからなかった。

「……え?」と反射的に声をこぼす。真夜中さんは表情を変えないまま続きを紡いだ。




「良いんじゃないですかね。人間ってそんなもんですよ、知らんけど」

「……あの、何も明確じゃないですよ」

「だから、知らんけどって付けたじゃないすか。ミヨーさん、多分なんか、また一歩踏み出そうとしてますでしょ、知らんけど」

「一歩って、」

「憶測ですけど。文化祭行って、学校いいなって思ったとか。夜だけじゃ物足りなくなってきてる。知らんすけどね、まじで、具体的なことは。でも、良いと思いますよ。そういう漠然とした何かって、人生において大事なことなんじゃないかと思うんで」



知らんですけどね。4回目の「知らんけど」を付け足したあと、あまりの曖昧さに自分で笑えて来たのか、真夜中さんがククッと肩を揺らしていた。


そんなにもわかりやすい雰囲気が出ていたのだろうか。

心に抱えた不安や少しの期待まで見透かされているようで恥ずかしくなった。



「……ありがとうございます」


不明瞭な言葉だったけれど、漠然としたそれが時に背中を押してくれる材料になることを私は知っている。


何とは言わずお礼を言うと、「どういたしまして」とまんざらでもない返事が返って来て、なんだか笑えた。

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