誘惑の延長線上、君を囲う。
ジャケットは脱いでいて良かった。ブラウスのシミよりも、匂いがついてしまったのが悲しい。ラベンダーの香りだけならまだしも、味噌は嫌だ。やっぱり、袖口だけは洗おう。日下部君と一緒に外回りに行くのに憂鬱な上、自分自身のせいでトキメキも瞬時に無くしてしまった。

「うふふ、本当に二人って仲が良いね。日下部君と紫ちゃんとはまた違う仲の良さだね」

落ち込んでいる私なんてお構い無しに、澪子ちゃんはニッコリと笑いながら私達に向かって語りかける。先程までの泣き顔は完全にどこかに消えたようで良かった。

「高校の時からの付き合いだからな。良く言えば阿吽の呼吸なんだよな?」

「そうだね、そういう事にしとく」

秋葉さんみたいに、私も日下部君の彼女候補として見て欲しい。この職場の皆は秋葉さん推しだったのかもしれないけれど、私も居るよって知って欲しい。本当は公認の仲になりたい。でも、日下部君の気持ちも不確かなままだし、職場恋愛は迷惑をかけてしまうかもしれないから、やっぱりなりたくない。これもただ単に日下部君に面と向かって気持ちを伝えられない言い訳にしか過ぎないけれど……。

「あー!澪子ちゃん!お疲れ様。佐藤さんもお疲れ様です!」

どこかで聞いた声が後ろ側から聞こえた。腰が隠れる長めなカーディガンを羽織り、トレーにサラダ、ヨーグルト、レアチーズケーキを乗せて来たのは秋葉さんだった。今日は髪の毛をクルクルと巻いてお団子にしていて、可愛い。当然だけど、私も同じ様なふわふわウェーブな髪型でも全然違っている。

「珍しいね、お団子してる」

「そうなんだ、今日はデザインが煮詰まってて髪の毛が邪魔だからお団子」

澪子ちゃんが秋葉さんに話をかけるとトレーを置いて、私の隣に座った。
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