誘惑の延長線上、君を囲う。
日下部君は伝えたい事だけを言い残し、さっさと駐車場に向かってしまった。私は日下部君の背中を見送った後、急ぎ足で企画室へと向かい、メイクポーチをバックにしまう。外回りに行く支度をして、直帰のマグネットを予定表に貼る。企画室のスタッフに挨拶をして、駐車場へと向かった。

日下部君の車に駆け寄り、コンコンと軽く助手席側の窓を叩いた。ゲームをしながら暇を潰していた日下部君は私の姿に気付き、タブレットをサイドポケットへとしまった。

車の扉を開けて助手席に乗り込むと「お願いします……」と呟いてシートベルトを締めた。おずおずと日下部君の方を見ると目が合った。

「顔が強ばってる」

ぷにっと両手で両頬を摘まれて、見つめられる。

「さっきは……、秋葉と小嶋がうるさくて休憩してるようでした気がしなかっただろ」

そう私に言い、両手を両頬から離した。私は掴まれた右頬を右手でスリスリと撫でた。痛みを感じた訳ではなく、さっきまで怒っていた日下部君の私だけへの特別な行動が嬉しかったから。余韻に浸っている、という感じかもしれない。

「そんな事ないよ。今度、女子会に誘われたし……、仲良くなれたら嬉しいよね」
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