誘惑の延長線上、君を囲う。
日下部君と副社長の席は右端と左端。耳を澄ませば聞こえる距離だろうけれど、咄嗟に反応した日下部君はもしかしたら地獄耳か、聞き耳を立てていたのかもしれない。副社長に悪態をつきながらも、芋煮汁を口にしていた。

「そんなに誤魔化さなくても良いよ。だって、日下部さんは佐藤さんが現れてからは毎日が楽しそうだから。俺的にも、日下部さんに幸せになって貰わないと困るんだよね……」

副社長は秋葉さんとはまだ籍を入れてない。別の理由があるのか、日下部君に遠慮しているからなの?副社長は日下部君の方を向きながら問いかける。最初は私に振った話だったが、完全に副社長と日下部君の二人の話になっている。

周りの皆も、何故か何も言わない。それは日下部君の秋葉さんへの想いを知っているからか、私は入社したばかりだから構いにくいとか、それとも私は結婚相手には相応しくないと思っているのか……。様々な考えが頭の中をよぎる。

私もこの話題には自分からは口を開けない。何と言って良いのか分からないから。

「日下部君ね、自宅に可愛い居候が居るんだって。にゃんこかわんこだと思うんだけど……。ペットも可愛いけどね、ちゃんとお嫁さんも探さなきゃ!って私も言ってるんだよ。それなのに、何も行動に移さないんだよ!」

私は芋煮汁を配り終えて、椅子に座って静かに飲んでいた。その時に口を開いたのは澪子ちゃんだった。澪子ちゃんは日下部君ちの居候は猫か犬だと思ったままだ。
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