誘惑の延長線上、君を囲う。
コーヒーショップを出て直ぐに、日下部君から会社用のスマホに着信があった。

『お前、戻るのが遅くないか?』

「はぁ?ちゃんと仕事してましたから!今、戻るところです!」

イライラ気味の日下部君は私に対する態度が悪かった。伊能さんも失った私は一人きり。全部、リセットして新しい扉を開こう。

仕事が終わってから私は美容院に行き、髪をバッサリと切った。高校時代の髪型にした。ショートボブ。久しぶりの軽さに心も軽くなる。

帰りも一緒に帰ろうと日下部君に誘われたが、用事があるからと言って振り切った。先に帰った日下部君は私の髪型に驚くだろう。興味本位でロングにしてみただけで、私にはこのスタイルが一番楽。

覚悟は決まった。日下部君との事を今日で終わりにする。もう、うじうじ悩むのも泣くのも疲れた。

「ただいま」

「おかえ、……髪、切ったのか?似合ってたのに」

帰宅したら、日下部君が出迎えた。案の定、驚いた日下部君は目を丸くしている。

「邪魔だったから」玄関先でヒールを脱ぎ捨て、 私は日下部君をすり抜けてリビングへと歩く。後ろから着いてくる日下部君に背を向けたまま、「私はここを出て行く。近い内に引越しするから……」と小さな声で言った。

日下部君は「人の気も知らないで……」と呟く。

その言葉を、そのままお返ししたい。
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