誘惑の延長線上、君を囲う。
何もなかった、と言う嘘はつきたくなかった。日下部君を苦しませてしまうかもしれないけれど、抱かれた事実は消したくなかったの。それまで否定してしまったら、ずっと好きだった高校時代の自分も救えない。

「記憶が曖昧で……覚えてないんだ。委員長の夢を見たのか、現実だったのかさえ分からない」

日下部君はバツ悪そうに左斜め下を見ながら話す。泥酔寸前だったから覚えてなくても仕方ない。無意識に呼んだ愛しい女性の名前も、私を可愛いと何度も何度も言ってくれた事も本人が覚えてなければ私しか知りえない。そもそもが、ただの成り行きの行為だったのだから私の記憶を封印すれば良いだけ。

「……日下部君、ブラックアウトって知ってる?」

「ブラックアウト?」

「そう、ブラックアウト。泥酔した時、覚えてないけどいつの間にか自宅に帰ってたとか、記憶がないままにシラフで行動してた事をブラックアウトって言うんだって。日下部君、泥酔寸前だったからブラックアウト状態だったんだよ」

私は話を逸らしたくて、いつの日かネットで見た記事を思い出したので声に出した。

「ブラックアウト、か。確かに朝起きたら頭痛が酷くて、見渡したら見慣れないベッドの上に居た。何があったのかは思い出せないけど、委員長の顔ばっかり浮かぶんだ。それにバスローブ一枚で寝てて、隣には誰かが寝てた形跡があった。

頭痛に耐えながら考えたけど、繋がるものは委員長以外は何も浮かばなかった。チェックアウトしようとして精算しようとしたら既に済んでた。精算者を教えてくれって頼んだけど個人情報だからって絶対に教えてくれなかった。

無理矢理にしてたら、本当に申し訳ない……。どう詫びるべきか……」
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