誘惑の延長線上、君を囲う。
壊れ物を扱うみたいに優しく私の頬にも触れる。次第に日下部君の顔が近付いて来たので、ぎゅっと目を閉じた。

「佐藤、友達なら俺の事突き飛ばさなきゃ駄目じゃん」

あれ……?キスされるかと思ったのにされなかった。日下部君は私から手を離し、ソファーの右端に移動する。あー、何だろう、この距離感。青春時代の甘酸っぱい感じがする。こないだ抱き合ったとは思えない位の初々しさに動揺する。

びしょ濡れのままに勝手に押しかけて、私は何がしたかったのだろう?

「私……、日下部君とは友達で居たいけど、でも友達でも居たくない」

「……え?どういう事?」

「あの日の事は忘れてって言ったけど、身体を重ねた以上はもう……友達になんて戻れないんだよ。でも、今まで築いてきた関係が崩れるのも嫌なの。わがままでごめん……」

再会してから、私は日下部君に対する想いが再熱していくのを自覚した。本当は大好きだって伝えたい。今、ここで伝えてしまったら、今度こそ、友達ですら居られなくなる。そういう事は避けたいから、不確かな言葉で誤魔化した。

「日下部君と一緒に居ると気兼ねしないし、楽しいの。だから、これからも時々、こうして会ってくれたら嬉しいな……」

「それは構わないけど……、だったら、付き合……」

日下部君が何かを言いかけたので、途中で遮る。私には日下部君が責任を感じて付き合おうとしているのが手に取るように分かる。
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