誘惑の延長線上、君を囲う。
「……そんな日下部君は見たくないよ。高校時代はさ、常に前向きだったじゃない?落ち込んでる日下部君なんて、らしくないよ」

私は失恋してヤケ酒をしている日下部君なんて見たくなかった。そんなにも日下部君に想われている誰かが羨ましくて、妬ましい。自分には向けられなかった恋心は他の誰かの物で、その他の誰かは違う誰かが好きで。こんなにも日下部君に想われているのに他の誰かと一緒になりたいだなんて、その人は欲深だ。

日下部君に卒業式に想いを告げれば良かった。成人式に再会した時に想いを告げれば良かった。

私の日下部君に対する想いも心の中から顔を出す。心の奥底にしまい込んで、忘れた事にしていた恋心。今も尚、振り向いては貰えない私。

「……あれ、おかしいな。涙が出て来た」

自分自身の心情が追いつかずに涙が出たのか、涙が頬に伝って行く。

「何で、委員長が泣くんだよ?泣くなよ」

日下部君は私の頭を撫でた後、手の平でポンポンと軽く叩いた。告げられなかった想いが溢れ出しそうで、気持ちが悪い。想いを告げても今の状態では、きっと答えてはくれないのだろう。

「……泣きたいのは俺なんだよ。30にもなって、片思いで失恋って情けない」

「情けなくなんてないよ、だって、私も同じようなものだから……」

日下部君に再会するまで、何人か気になる人は存在した。実際に付き合った人も居る。……けれども、誰にも本気になんてなれなかったんだ。
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