愛を知らない操り人形と、嘘つきな神様

「なぁ海里、なんで人の心ってのはこんなに複雑なんだ?……俺は、ずっと自由が欲しかった。それなのに俺は親父を裏切って、お前を助けちまったんだよっ‼ そんなことをしたら殺されるとわかっていたのに。俺は親父に殺されないために、お前を救いたいって気持ちを押し殺して動画を渡しに行こうとしたのに、途中でお前の虐待を見てっ!」

 涙で濡れた顔を両手で隠しながら、零次は掠れ声で、必死に俺に訴える。

「……俺はお前を素通りしようと思った。虐待なんて見ぬふりして、親父に動画を渡しに行こうと思った。それなのに!! 俺はずっと牢獄の中にいた。大好きだった母さんを殺されて、大嫌いな父親の車の中に、足を縄で縛られて閉じ込められて。……風呂には三日に一回しか入れてもらえなくて、ビニール袋に用をたすのを強要されて。言葉なんかじゃとても現わしきれないような苦痛を何度も味わった。でもその環境は、突然壊された!!」
 大粒の涙を流しながら、辛そうな声で零次は言う。

「……いや、壊れてくれたんだ」
 零次が恍惚とした笑みを浮かべる。
 壊れてくれた。
 たった六文字のその言葉に、ものすごい嬉しさが込められている気がした。
 いや実際そうなんだろう。でなきゃ笑うハズがない。


「お前の父親が金を返さなかったおかげで、俺はつかの間の自由を手にすることができたんだ。だから俺は、その自由を守らなきゃいけないと思った。虐待の動画を撮って、その動画を父親に渡すだけでその自由を永遠に手にすることができるといわれてるなら、ちゃんとそうするべきだったんだ! それなのに俺は、お前にほだされた! お前を見て、助けてやりたいと思っちまったんだよ! つかの間でも自由を手に入れた俺と違って、お前はずっと牢獄の中にいたから! しかもその環境から、逃げようともしていなかったから! そんなお前を見ているのが嫌になって、俺はお前を本気で助けようとしたんだ! ……そんなことをしたら、自分の人生が終わってしまうと分かっていたのに」

 俺の瞳から、涙が零れ落ちる。
「……は? 何でお前が泣くんだよ」
 零次が信じられないといった様子で、俺を見る。
「だって俺、知らなくて。……全部知らないで、お前と仲良くしてたからっ!」
 声を上げて叫んだその言葉は、本心だった。

 ――俺は全部知らなかった。
こいつが何を想って父親に反抗して俺を助けてくれたのかとか、こいつがどれだけ複雑な環境にいたのかとか、そういうのを全部知らないで仲良くしていた。その事実がもの凄い心を締め付けてきて、涙が流れた。

「……そんな泣くほどのことじゃないだろ」
 俺の涙を片手で拭いながら、零次は言う。

「泣くほどのことだよ! 俺、辛い。……ずっとそばにいたのにお前の辛さに気づいてやれなかったんだと思うと、本当に悔しくてたまらない」
 こいつのSOSにずっと気づいてやれなかったのかと思うと、本当に悔しくてたまらない。
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