愛を知らない操り人形と、嘘つきな神様
母さんの選択肢の中に、父さんと離婚して俺と暮らすというのはない。
それがない理由は、恐らく、母さんが『離婚を切り出したら、俺みたいに手酷い暴力を受けることになるんじゃないか』と考えているからだ。
多分その考えは、あながち間違ってない。
俺が苦しめられているのは、学生の俺は母さんより家にいることが多いから苦しめやすいと思われたからで、別に父さんが母さんより俺を苦しめたかったわけではないハズだから。死亡保険金は俺が死んでも母さんが死んでも入るから、そのハズなんだ。
離婚をしようとすると、その苦しめやすさの順位が変わるんだ。俺をどちらが育てるのかとか、今の家はどちらのものにするのかとか、そういうのを話し合うために必然的に母さんは俺より父さんといることが多くなって、父さんにとって俺より苦しめやすい人間になってしまうんだ。
そうなるのを恐れているから、母さんは離婚を切り出そうとしない。
母さんは、俺を切り捨てる。俺が傷つくのを見て見ぬ振りする。
――俺を、見殺しにする。
ガレージに閉じ込められてから三時間と五分が過ぎた。
喉が渇いた。
口の中で唾液を出しては飲み込んで、出しては飲み込む。そんなことをしてもなんの足しにはならないというのに。
鞄の中に水筒がないと、こういう時本当に不便だ。
父さんはいつも俺が学校に飲み物を持ってくのを許可してくれない。それは体育がある日や体育祭の日なんかも例外ではなくて、俺は本当に毎日飲み物を学校に持ってきていない。というより、毎朝学校に行く前に父さんに鞄の中を漁られて、飲み物があったら、それを没収されるんだ。
そんな父さんに、『鞄を漁るなんて、父さんはまるで生徒指導の先生だね』って皮肉を前に言ったことがあるのだが、そうしたら返ってきた返事は『だからどうした?』だった。
本当にもうプライバシーの侵害どころの話ではない。
「はぁっ、はぁ……」
熱さで気がめいる。頭がクラクラして、気絶しそうになる。
「はぁ……。あっつ。……お腹、すいた」
小遣いを父さんから一円ももらえなくて、昼食を食べれなかったからだ。
小遣いは母さんからももらえなかった。母さんは俺が朝起きる前に仕事に行くから。
昨日も一昨日もそうだった。いや、一昨日昨日今日どころの話ではない。俺は一年半前から毎日当たり前のように昼飯を抜かれている。
うだるような暑さと、もの凄い空腹で頭が可笑しくなりそうだ。