愛を知らない操り人形と、嘘つきな神様
「……君、学生か? こんな時間に何してる?」
窓を開けて、運転手は尋ねる。
運転手は垂れ目がちな瞳に黒髪で、ぱっと見三十代くらいの人だった。
「金ならあります。電話で言った通り、江の島まで行ってください」
運転手の問いには答えず、俺はあくまでたんたんと告げた。
「君、まさか死ぬ気か? 馬鹿なことはやめとけ!」
運転手が真っ直ぐに俺を見つめて言う。
「俺からすれば、生きることの方が馬鹿な選択なんですよ」
俺はそう言うと、後部座席のドアをじっと見つめた。
運転手はため息をついてから、ボタンを押して後部座席のドアを開けた。
俺が後部座席にどさっと腰を下ろしたのを見てから、運転手はボタンを押して後部座席のドアを閉める。
「……わかった。江の島でいいんだな?」
話しても無駄だと思ったのか、運転手はそう言って、窓を閉めて、車のナビを操作した。
「はい、お願いします」
シートベルトをしながら俺がそう言うと、運転手は何も言わず車を発車させた。
思わず安堵のため息を漏らす。
余りしつこく止められなくてよかった。
およそ一時間半くらいで、江の島に着いた。
「ありがとうございました」
「いい。渡さなくて」
運転手にお金を渡そうとすると、すげなく断られた。
「えっ、でも……」
「渡さなくていいから、生きようとしてくれないか。お代はそれでいい」
運転手が俺の目を見て言う。
「無理です」
俺はそれだけ言うと、座席の上に一万円札を一枚だけ置いてからドアを開けてタクシーを降りて、全速力で走った。
「はあっ、はぁ……。いっ!」
火傷をした首と叩きつけられた頭に激痛が襲ってきて、俺は三分くらい走ったところで足を止めた。
運転手は追ってこなかった。
まあ、それもそうか。……どうせ運転手が自殺を止めたのなんて、自殺はダメだと思ってるからにすぎない。そんな軽い気持ちなのに追ってくるわけがない。
砂浜を歩いていたら、足に波が押し寄せてきた。
冷たい。
秋の海は、俺の冷え切った心のように冷たかった。
スマフォを起動してみると、時刻は深夜の三時半を過ぎていた。
こんな夜中だと、流石に俺以外誰も江の島にはいなかった。
「はぁ……」
誰もいない安心感からか、思わずため息が零れた。
砂浜に座って、海を眺める。
青くて澄んだ透明感のある色をしている。
俺の心とも、俺の家族とも大違いだ。
俺は立ち上がると、靴を脱ぎもしないで海に入った。