愛を知らない操り人形と、嘘つきな神様

『雷が止んだら解放してやる。それまでは耐えてろ』
 父さんが震えてる俺の肩を掴んで、耳元で囁く。
『は? 夜まで雷が落ちてたらどうすんの?』『そしたら夜までこの状態だな。安心しろ、夜の十二時には解放して、風呂に入らせてやるから。飯もちゃんと食わせてやる。ま、味は保証しないけどな。トイレは……後でバケツ、持ってきてやるよ』
 こいつは悪魔か妖怪かなんかなのかと思った。

『このくそ親父……ひっ!?』
 鼻歌を歌いながら、父さんが椅子を左右に揺らす。
 背もたれに頭が衝突して、椅子の脚に足が音を立てて当たる。

 怖くて、両目から涙が溢れてくる。
『やっ、やめ』
『どうせ泣くくらいなら、逆らわないことだな。――お前は俺の人形なんだから』
 鼻息を鳴らして、父さんは揺らすのをやめた。
 俺は怖くて、父さんの言葉に反抗する気にもなれなかった。

 この日から、父さんは雷が鳴るたびに俺の手足を拘束して、目隠しで視界をふさぐようになった。

 俺が人形になるのを望んだのは、この時のことがきっかけだった。

 そして、俺が零次が時々出す大声に怯えてたのも、この時のことが原因だ。

 俺は誰かの大声を聞くたびに、雷のことを思い出してしまう。それは多分、俺が零次に頭を撫でられるのを拒否するのと同じようなもので、誰がするかは、ほんの些細な違いにしかならない。

「マジで海里の父親殺していい? まさか俺が大声出すたびにお前が怯えてたのがそんな理由だったなんて、本当にお前の父親死刑だわ」
 虐待のことを聞いた零次が拳を握りしめて言う。
「ありがとう。でも殺したら犯罪だから」
「お前が幸せになるためなら、俺は犯罪者に喜んでなるよ!」
 零次が俺の手を握って言う。
「トイレで何話してんだ!」
 男子トイレの個室からヤジが飛んでくる。
 いや本当、そうですよね……。
「す、すみません!」
 そう言って、俺はすぐさま零次の腕を引いてトイレから出た。

 涙が溢れてくる。
 零次といると、俺は泣いてばっかりだ。しかもそれが全部嬉し泣きだっていうんだから、本当に信じられない。
 ……誰かに大切にされるのって、こんなにも幸せなんだな。
 
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