愛を知らない操り人形と、嘘つきな神様
『――逃げろ』
零次の声が俺の頭を過る。
『反抗しろ。――自分を大切にしろ、海里』
俺は父さんの腹を殴ろうとして、右手の拳を前に出した。
突き出した拳を、父さんは渾身の力をこめて掴んだ。
「いっ!!」
手が痛んで、俺は苦悶の声を上げた。
「クククッ。痛いか?」
父さんは、喉を鳴らして楽しそうに笑った。それはまるで零次みたいに。
悲しくなって、涙が零れてくる。
――何で零次じゃないんだよ。
脇腹を、勢いよく蹴られる。
泣いているせいで力が出なくて、俺は受け身も取れずに道路に倒れこんだ。
被っていたキャップが、父さんの足元に落ちる。蹴られた衝撃で落ちたのか。
「……お前、こんなの持ってたか?」
父さんは紫色のそのキャップを拾い上げて、不思議そうに首を傾げた。
零次がくれたあのキャップだけは、傷つけられたくない!
「返せ!!」
慌てて立ち上がって、必死でキャプに向かって手を伸ばす。
父さんが俺の手を交わしながら、ズボンのポケットからライターを取り出す。
嫌な予感がした。
ヤダヤダヤダ。嫌だ! それだけは、絶対。
父さんはライターの火をつけると、俺のキャップを豪快に燃やした。
燃えてるキャップを必死で父さんの手から奪い取る。
「あっつ!」
キャップの熱さに狼狽えながら、鞄から水筒を取り出して、中に入っていた麦茶をキャップに勢いよくぶっかける。
「あ、ああ」
嗚咽が漏れる。
ライターの火が腕をかするのも気にもしないで取り返したのに、キャップはもう使い物にならなくなっていた。
零次がくれたキャップなのに。
ボロボロと涙が溢れ出す。
……零次っ。
『はぁ? 父親に燃やされた?』なんて言う零次の姿が頭を過った。零次に会いたくてたまらない。
「海里、たかが帽子で何泣いてるんだよ」
「うぁっ」
髪の毛をぐいっと引っ張られて、低い声で言われる。
俺は父さんの手を振りほどいた。
「アハハハ! もう人形じゃないんだな、お前は」
「そうだよ。俺は元から父さんの人形でもなければ、奴隷でもない」
「子供の分際で生意気なんだよ」
「うっ!!」
後頭部を掴まれ、顔を壁に押し付けられる。視界が黒に染まった。
俺は無理矢理顔を動かして、父さんを見た。
父さんはパーカーのポケットからビールの缶を取り出すと、それの蓋を片手で開けた。
ビールをかけられるのは嫌だ!
「やっ!」
俺は必死で声を上げた。
「お前に拒否権なんかないんだよ」
父さんは俺の頭から手を離し、ズボンのポケットからライターを取り出した。
「動くな。一歩でも動いたら火傷するぞ」
ライターを持っている手で口を塞がれる。