私の婚約者には好きな人がいる
まだ眠ってないわ、と思ったけれど、声がでない。

「そうか」

恭士お兄様の声に目を懸命に開けようとしたけど、ぼんやりとしか、その顔は見えなかった。
体を抱えられ、外に連れ出されて車に乗せられたのが、分かった。

「高辻にいれば、こんな目にあわせないものを!」

怒りの声を最後に眠ってしまった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


惟月さんと初めて会ったのは成人式を控え、新しい振り袖ができあがったばかりの頃だった。

「お見合いなんて、気がすすまないわ」

「ははは。咲妃お嬢様、とても素敵な方かもしれませんよ」

いつもの運転手が励ましてくれたけど、そうかしら?と反発する気持ちを抑えられなかった。
自分の心の中のように重たいグレーの空を見上げた。
雨が降りそうで降らない。
中途半端な天気だった。
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