私の婚約者には好きな人がいる
何か勘違いされているような気がしたけれど、素直に頷いた。

「わかりました」

「ごめんなさいね。私もこんな注意はしたくないの」

はぁっと所長は溜息を吐いた。

「本来なら、母親である高辻の奥さまがしっかりされていれば、こんなことにはならないのにね」

「えっ…そうですね」

どうやら、小さい子供で、奥様が自分に懐くより私に懐いてしまっていると思っているようだった。
まあ、そうなるよね。
今までにないクレームだったから、所長がそう思うのも無理はない。
所長に何度も謝り、家を出た。

「気を付けないと……」

恭士さんにもそれとなく、近寄らないようにしようと心に決めた。
クビになるわけにはいかない。
家にも仕送りをしないといけないし、家政婦の仕事以外やったことはないし、同じくらいに稼げる仕事なんかない。
電車に乗り、高辻の家までの坂道をとぼとぼと歩いた。
小高い丘の上にある大きなお屋敷は遠い。
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