私の婚約者には好きな人がいる

二人の関係

次の日、車は少し離れた所にとめてもらい、そこから歩きますと告げた。
そして、お兄様には内緒にねと運転手さんに口止めすることも忘れずにお願いした。
お兄様は心配症だから……
早めに出勤すると、まだ人もまばらで海外事業部のフロアはシーンとしていて、とても静かだった。
その中で人影が一つだけあった。
閑井(しずい)さんだった。
閑井さんはたった一人で皆の机を拭いている。
その仕事ぶりは真面目で誠実。
私にも親切に接してくれて、とてもいい人だと思う。

「閑井さん。おはようございます」

「うわっ！お嬢様、早いですね」

「お嬢様はやめて下さい。高辻(たかつじ)で結構ですから」

「えっ！じゃ、じゃあ。た、高辻さんで」

「はい。私もお手伝いさせてください」

「お嬢様に掃除なんてさせられませんよ！」

「これも社会勉強ですから」

しばらく、閑井さんは迷っていたけれど、私の意思が固いと知ると雑巾を渡してくれた。
閑井さんと一緒に机や棚を拭き、コーヒーやお茶をいれた。

「いつも閑井さんは朝早くに来られて、このお仕事をされていらっしゃるんですか？」

「ははは……。まあ、そうですね。こんなことくらいしかできませんから」