私の婚約者には好きな人がいる
惟月さんは顔をあげて、こちらを見た。

「ありがとう」

「いいえ」

お礼を言われるだけで、十分だった。
気を引き締めていないと顔が緩んでしまいそうになる。

「すぐ辞めると思っていた」

「え?」

「いや、意外と続いているなと思って」

惟月さんは笑顔では、ないものの以前よりずっと口調は柔らかい。
本当は私がいない方がいいのはわかっているし、そう望まれているのだろうけど。

「ご迷惑…ですよね。あの、もう少しだけいさせてください」

お兄様の気持ちが落ち着いたら辞めるつもりだった。
それなのに惟月さんは優しい口調で言った。

「迷惑じゃない。海外事業部の閑井は嫌がらずに雑用をやってくれていて、助かっていると言っていた」

「まあ。そんなことをおっしゃっていたんですか」

よかった。
邪魔にはなっていないみたい。

「ああ」

惟月さんの表情が和らぎ、微笑みかけてくれたその時―――

「惟月」
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