私の婚約者には好きな人がいる
「これ」

惟月さんはそれを慌てて奪い取った。


「片付けるのを忘れていただけだ」

動物園に行った時に虎の赤ちゃんと一緒に撮った写真だった。

「……可愛かったからな」

「そうですね。赤ちゃんの虎が可愛かったですよね」

「いや、咲妃が」

「えっ…」

写真を手にした私の手をつかむと抱き締めた。
まるで、壊れ物に触れるかのように指が頬をなぞり、唇を重ねた。
抱きしめたまま、惟月さんは静かな口調で言っった。

「きちんと話をしてきた」

大丈夫、と惟月さんは髪を撫でた。

「結婚してほしい」

「はい」

私の答えは決まっていた。
この部屋にはアルバムが一冊もなかったから。
家族写真や友人と撮ったはずの写真さえ。
人をそばに置くことを完全に諦めた惟月さんの世界は孤独だった。
惟月さんの唇が再び重なり、口づけを受け入れた。
離れないように絡ませた指にはいつの間にか、惟月さんが買ってくれた婚約指輪がはめられていた―――
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