おもいでにかわるまで
J.J.は女の子が好きで、知り合うとすぐにロマンティックに声を掛ける男性だった。水樹の見解では女性を見て口説かなければ失礼だと彼なりの湾曲した礼儀心があるのだと思う。

J.J.とは何度も飲みに行き、二人きりでも行き、水樹が仕事を辞めたいと弱音を吐いて落ち込んでいる時は横に座って話を聞いて貰った。そしてその際は彼は誰にでも友好的で自分もただの友人の一人だと言い聞かせて雰囲気に流されないようにした。何より肩を抱かれても沢山支えて貰っても、実際の所は好きだけどただ好きなだけで、心を乱して苦しくてやりきれない程に胸を焦がしてしまう気持ちまでにはならなかった。

その理由は彼が最初からアメリカに帰る人だと知っていたからなのかもしれないが、もう相手に好きな気持ちを押し付けてばかりの重い恋愛はしたくないというのが一番の本音だった。誰かを好きになるのが怖くて、自分も相手も幸せになれない恋愛をしてそれ以外見えなくなって、追い詰め合う事はもう絶対にしたくない。

若かった日、拷問に近い好きの気持ちの充填された重い足かせを若い明人にはめて、明人の人生を奪ってしまった罪は深いと思う。

元気に生きているだろうか。

立ち直って仕事をしているだろうか。

もしかして新しい恋人が・・・。

その考えに至ると胸がズキッとするからここで止めてしまう。

あのまま一緒に暮らして自分はアルバイトなんてして、明人の収入に支えてもらって子供を生んで家庭に入る。それも一つの生き方だ。でも現実は、自分の評価に対する報酬を受け取り、考えて学んで成長して仲間もいて求められてそれに応えてちゃんと一人で生きている。水樹は自分の足で立っていたい。

明人の近況はあえて誰にも尋ねなかったが、もしも出会うのが今のタイミングだったならば、水樹は眩しく輝いていて、明人は運命のように水樹に恋をしたのだろうか。と感傷的に思っても意味はなく、水樹は恋なんてしないしもう誰も苦しめない。

「ミズキ、少し歩かない?」

仕事が終わり、水樹はJ.J.に誘われ館を出た。上着のポケットに移し替えたお守りの袋を撫でると、動揺しかけた心が落ち着いた。
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