お嬢様は恋したい!
もうこのまま流されちゃうのかと思った時、急に横から引っ張られ、バランスを崩すとぽすっと誰かの身体に包まれた。

「山田だったよな。うちのに何してんだ。」

いつもより少し低くて、絶対機嫌が悪いとわかるけれど、私には安心できる声が厚い胸板を通して聞こえて来た。

「え、あ、営業の鈴木…さん?」

こーたくんも鈴木主任の顔を知ってたんだ。

さすが営業課エース、別棟の製造部でも知られているんだ。

呑気にそんな事を考えているとまだ9月の半ば過ぎなのに気温が一気に10度くらい下がったような気がして来た。

「こいつが同意してんなら、邪魔しないがどうみても嫌がってんだろ。」

「香ちゃんとは合コンで仲良くなって、今からふたりきりで、盛り上がろうって話になったとこで、鈴木さんには関係ない事じゃないですか。」

こーたくんが、私を取り返そうと手を伸ばしたのが分かり、ビクッとなった。

「製造二課の山田康太。合コン喰いが好きみたいだな。ヤリ目的で、すぐ手を出すやつにこいつを渡すかよ。」

「そういうアンタはどうなんだよ。香ちゃん狙ってんのか。」

さっきまで怖いと思っていたのに、鈴木主任の胸に抱きとめられ、こーたくんと鈴木主任に取り合いされている状況に私、モテている?と喜んでしまう。

「私はこいつの…」

鈴木主任は私のこと…



「保護者みたいなもんだ。」

ですよ、ねー。

期待して勘違いしました。

ん?期待した?

鈴木主任は、私のことなんか妹か娘としか思っていない。

今だって保護者みたいなもんだって言ってるじゃない。

だから惹かれちゃダメだって最初からセーブしていたのに。

こんな先のない恋心に囚われていたら、タイムリミットが来ちゃうからダメなのに…

私の都合は関係なしに私は鈴木主任のことが本当に好きになってしまったみたいだ。

「ふーん。保護者ねぇ。」

すっかり忘れていたけど、こーたくんがいたんだった。

まだこの状況が続くと思っていた、その時陽気な声がした。

「一誠、ひとりで先行くなよ。」

「悪りぃ。」

「急に姿が見えなくなるから、何かと思えば…ん?何、なに?修羅場?しゅらばんばぁ?」

顔を上げると専務が私を抱きとめたままの鈴木主任を見てニヤニヤして立っていた。

「せ、専務?」

こーたくんがそう言って、次に私と目が合い、認識されたようだ。

「えっとうちの社員?と一誠と高橋さん。」

さすがに専務までいるとまずいと思ったのか、やっとこーたくんが引き下がった。

「じゃあ、香ちゃん、またね。次は邪魔が入らない場所でね。」

手をヒラヒラさせて去って行くこーたくんに鈴木主任に抱き抱えられたまま、最後に声をなんとかかける。

「ごめんなさい。次はないです。」

「あ、そう。じゃあね。」

さっきまでとは違う冷めた顔で、帰って行った。

これで良かったのかな?



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