お嬢様は恋したい!
書類を渡して自分のデスクに戻ろうとして、さっきの会話の違和感に気付いた。

えっ、えーっ。

陸斗さんの事、専務って言ってなかった?!

そう言えば黒川って社長と同じ苗字だわ。

勤務初日からなかなか覚えることやらなんやらでバタバタのまま、書類の山は、午後になってさらに少し減ったものの4時過ぎに得意先から戻ってきた鈴木主任の事務処理に追われ、そこから減らすことなく終業時間を迎えた。

「「高橋さん、お疲れ様。お先に。」」

「お疲れ様です。」

浅田さん、島本さんが帰るのを見送り、もう少しと思い、書類を処理していると鈴木主任が部屋に入って来た。

「高橋さん、まだやってたの?」

「え、あ、主任。」

「もう8時過ぎたよ。派遣さんに仕事させ過ぎって言われるな。」

「片付かない机、苦手でつい。」

「キリがないから、終わって。」

鈴木主任に言われて、渋々やりかけの書類を山に戻す。

「ほら、タイムカード押す。」

「はい…」

タイムカードを押して、失敗した事に気付いた。

「あ…」

「どうかした?」

「タイムカード押す前に社食に行って、ごはん食べようと思っていたのに…」

超勤分の手当は、タイムカード以内の自己申請、報告に基づくから食事に行ったり休憩も取れる。

工場勤務が交代制のため、夜10時まで社食が営業しているってラッキーと思っていたのにタイムカード押しちゃったら仕事帰りにわざわざ社食に行ったケチ女になってしまうわ。

「腹減ってたのか。」

「そこまでは…」

怪訝そうな鈴木主任の顔を見て、どうせこの人は恋愛対象外だったと正直に話すことにする。

「社食だとただで夕食が食べられるなと…」

クックッと小さな音がしたと思ったら、鈴木主任の肩が震えている。

「高橋さんって…」

「笑い事じゃないです。食費が一回浮くんです。」

「わ、分かった。今日は俺が奢ってやる。やっている仕事が山なのは、俺のせいだからな。」

「本当ですか?」

「がっつくなぁ。」

「いけませんか。結構、切実なんですよ。合コンに行くとなると会費と服と…ってかかるから。」

「別に高級な店じゃないぞ。」

「ラーメンでも牛丼でもいいですよ。」

「じゃあ、ラーメンにするか。」

「はいっ。」

「今日一番の返事だな。」

鈴木主任の笑顔に心がトクリと動いたような気がして、慌てて頭をふる。

そんなはずない。

この人は、対象外なんだから。

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