クールな御曹司は傷心令嬢を溺愛で包む~運命に抗いたかったけど、この最愛婚は想定外です~
初めて聞いた話だった。

そして驚いた。

母は単に仕事が好きなのだと、根っからのキャリアウーマンで綾部屋を大きくすることが楽しくて仕事に没頭しているのだとばかり思っていたから。
一時期は、そんな母が嫌いで反抗したこともあったが―――俺は大きな誤解をしていたのかもしれない。

今まで勝手に決め固めていた母のイメージがぶれ始めた途端に、俺の脳裏に忘れていた記憶が甦った。

幼い頃に見上げた若き母。
どこか頼りなげな、まだ少女の面影を残した女性。
一凛の花をただ愛おしげに見つめ、膝の上に乗せた俺に嬉しそうに『綺麗だね』と穏やかに微笑んでいた。

かつての儚き女性は今、自信と貫禄に満ちた顔で俺に言った。

『おまえはよくやっています。おまえは自慢の息子です。でも人は、手塩に掛けて大切に持ち続ける物を持ってこそ一人前なのです。安物のプラスチック製品のように、すぐに捨ててしまえる物だけを持っていてもだめなのです。おまえはまだ、ホールディングスを託すに足るものを持ち得ていなかった。すべてを捧げて一生を懸けてでも守り抜きたいというものが無かった』

『でも』と間をおいて、母は笑顔を浮かべた。
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