クールな御曹司は傷心令嬢を溺愛で包む~運命に抗いたかったけど、この最愛婚は想定外です~
彼はそぼ降る雨を降らせる夜空に視線をやった。

「紫陽花はもう枯れてしまったけれど、今夜の雨はあの日の雨に似ているね」

囁くように言うと、彼は手に持っていたものを差し出した。

それは、私の傘だった。
今はさっき、無いと気付いた折り畳み傘―――。

「でも、雨の季節はもう終わってしまうね。すぐに返そうと思っていたのだけれど、遅くなって申し訳ない」
「あなたは…以前…」

私がつぶやくと、彼は嬉しそうに目を細めた。

「そう。あの時のこと、覚えていてくれて嬉しいよ」

もちろん、覚えている。
一見、普通のお客様ように見えたけれど、端正な容貌や、にじみ出ている雰囲気からは何かが違うと感じた。
特に、あの一目見て高級品と分かる大島紬の単衣とそれを普段着のように着こなしている様子。
ふりをしているだけで、普通のお客様ではないと思った。
どうしても彼のことが気になって、働きながらも彼を見てばかりいた。

まさか、あの時のお客様が専務だったなんて―――。

「あの時、外国人客に英語で日本の情緒を説明した君。すごいと思ったし、彼らのことを思う君の心配りもとても美しいと思った」
「…ありがとうございます」
「そして、俺の着物の織を少しの時間見ただけで当ててしまったその審美眼。君は一体、何者?」
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