Letter - 大切な人 -
「ほぼ毎日同じ車両に居たんだけど、全く気付かれていなかった」
伸ばした手が少しだけ揺れているようにも見えたが気のせいかもしれない。
「午後さ、智樹がトイレに行ってる間」
今度は美利がぽつりと呟く。
「彼女がいるって言ってた」
美利も智樹の真似をして手の平を大きく拡げて空に伸ばしてみた。
きらきらした光の傍にまっすぐ伸びる影が映る。
「凄く楽しそうだったよ」
伸ばした腕をゆっくりと曲げ、手の甲を眉間に乗せて目を瞑った。
「失恋記念日だな」
「ははっ、なんだよそれ。女子じゃあるまいし」
智樹の唐突な記念日の設定に思わず突っ込む。
「女子が言うな」
そう言って智樹も小さく笑った。