追憶ソルシエール
でも、いつものポケットには入ってなくて、反対側も見てみるけれどそこにお目当てのものはない。
中には入れてないはずだと思いながらも念の為ファスナーを開ける。教科書にペンケース、タオル、財布、お菓子まで入っているのに、肝心な傘だけはいくら探しても見つからなくて。
ちらり、彼の表情を伺うように恐る恐る顔を上げた。すると、視線はすぐに交わった。
「……傘、あったので、」
さすがに目を見たまま嘘をつく自信がなくて、ふい、と逃げるようにまた下を向く。目が合ったのはほんの数秒。視界のほとんど彼の制服で埋め尽くされている。
「嘘つかなくていいよ」
「ついてない、です」
「持ってないんでしょ」
「持ってます」
なんの張り合いなのか。お互い一歩も譲る気はないらしい。
傘がないことと、早くこの場から立ち去りたいという本心はこのままでは到底隠し通せそうにない。
もし、「じゃあ傘を見せて」なんて証拠を出すようこれ以上話を掘り下げられたら困る。
どうにかしてここから逃げたいのに、どうしても不自然になってしまいそう。タイミングを掴むのが難しい。
どうしたものか……と思い悩んでいれば、ふと視界の隅から伸びてきた腕。
「これ、使って」
目の前に飛び込んできたのは傘の柄を握った手で、それは今さっきわたしが届けた透明な傘だ。