追憶ソルシエール
お礼を告げようと顔を上げれば、思ったよりも近い位置に西野くんの顔があり、至近距離で目が合う。
その近さに驚いて一歩後ろに下がる。ふう、ともう一度息をついた。
「……ごめん、ありがとう」
「ちゃんと前見て歩いて」
「……はい」
「岩田そういうとこあるから気をつけて」
「はい、」
「でも、この時間あんま車通らないと思ってそっち側歩いてなかった俺も悪いから、ごめん」
「西野くんはなんにも悪くないよ」
この一連でさっきまでの寒さが吹き飛んだ。むしろ驚きで心臓がドクドク音が鳴っていたせいか少し暑いくらい。
「てか、なんかいつもと雰囲気違くね」
「……急、じゃない?」
なんの前置きもなく発せられた言葉に、素直に驚いてしまう。あまりにも唐突だ。息を吸う音さえ聞こえなかった。
「別になんにも違くないよ。いつも通り」
ほら、と西野くんのほうに顔を向ける。薄暗い背景の中に浮かぶ西野くんの顔ははっきりとは見えない。
「髪くるくるだし、リップ? いつもよりちょっと濃い気がする」
「暗いしわからないでしょ」
「さっきのコンビニで見たとき思ったの」
そんな凝視された覚えはないのだけど。
いつもより少しだけ髪を綺麗に整えて、いつもより少しだけピンクのリップを塗って。久しぶりのデートだから、凌介くんの目に映る自分が少しでもかわいく映ったら嬉しいと思ったのに。なのになんで。
「……どうして凌介くんじゃなくて西野くんが気づくの」
「ん?」
足を止めた西野くんを一瞥する。
「別に。なんでもない」
複雑な今の感情を言語化するのはあまりにも難しい。