追憶ソルシエール
傘の柄の部分に視線を落としたまま、なかなか受けとらないわたしに痺れを切らしたのか、わたしの手を取って半ば強引に傘を持たせた。
「え、」
「じゃ、行くわ」
反射的に顔を上げ、とりあえず落とさないようにと手元に力を込めた。
それを確認した彼は、口元に弧を描いてなんの余韻も残さずに踵を返す。
「え、あっ、ちょっと待って……!」
咄嗟に呼び止めてしまった。それが精一杯だった。でも、そのあとに続く言葉はまったく考えておらず、「えっと、」と口ごもる。
声に反応して振り返った彼は不思議そうに首を傾げ、続く言葉を待っているように見える。
わたしが持つ傘から1歩外に出た彼は、僅かに雨に降られている。
傘を返そうとしても、ぜったい受け取ってくれないってことくらいはわかる。
早く、なにか。なんでもいいから言わないと。そう考えれば考えるほど、思考は停止してしまう。焦るわたしに、「どうした?」と声がかかる。それは、決して咎めているものではなく柔らかい声だ。
そういえば、と思い出す。
さっき、折りたたみ傘を探してるときに見かけたもの。
「これ、よかったら」
リュックの中から淡いブルーのタオルを取り出して、おずおずと目の前に差し出した。
傘の代わり、なんて言ったらとっても頼りないけれど、ないよりはきっとマシだと思う。