追憶ソルシエール
体育用に持ってきたタオル。時間割に組み込まれていた体育は先生の出張で自習になって、結局今日役目を果たすことはできなかった。秋の終わりとはいえ、体育の授業はよく動いて汗をかくから侮れないのだ。
彼の視線の先を辿るとタオルに注がれていた。表情はよく汲み取れないけれど、目を瞬かせているだけで一向に受け取ってもらえない。
どうしてだろうと頭を悩ませていたとき、ひとつの考えが頭を過ぎり、「あっ、」と小さく口を開く。
「これ、まだ使ってないから大丈夫だよ」
付け足すように慌てて言ったそれに、「そんな心配してねーよ」と切れ長な綺麗な二重を僅かに細めて笑う。
てっきり、彼はこのタオルをもう使用済みだと思い込んでいて、それを受け取るのは抵抗があるってことだと思っていたけれど、どうやら予想は外れていたらしい。
「じゃあ、もらっとく」
差し出したブルーのタオルを彼が受け取ると、「あ、そうだ」単調な声が正面から届く。
「それ、ちゃんと使ってよ」
傘を指さして念押しした彼は、それだけ言うと、くるりと背を向けて帰っていく。
「…………ふーっ」
息を止めていたわけでもないのに、胸に溜め込んでいたわずか数分の緊張を一気に吐き出した。
まだほのかに残るムスクの香りに、少しだけ落ち着きを取り戻していた心臓がまたもや早鐘を打つ。
ぱしゃり、と水たまりを踏みながら雨の世界へ飛び出していった背中を、ここが道の真ん中だということも忘れて呆然と立ち尽くしたまま見つめる。
もう、会うことはないと思っていた。すれ違ってもお互い気づかずすれ違うと思っていた。この先関わることはないって思っていたのに。
忘れたはずだったその記憶は、彼の姿を映した途端、鮮明に脳裏に浮かんできた。