追憶ソルシエール
願わくばわたしだって夢であってほしかった。それか、起きたら昨日のあの出来事の部分だけ切り取られていて、架空の記憶とすり替えられていてほしかった。でも、残念ながらこれは夢ではなく現実だし、昨日の記憶だって鮮明に覚えている。
ふう、とひと呼吸置いたあと口を開く。
「昨日、バイト終わったあと雨降ってて、でもわたし傘持ってなくて。それで、偶然会って貸してもらった……だけ」
まだ記憶に新しい昨日のことを思い出しながら、その出来事をなぞって大まかに説明する。かなり省略した。自然と語尾が小さくなった。
「ほんとにそれだけ?」
「ほんとだよ」
疑いの視線を突き刺す那乃にきっぱりと言う。
それ以上でも以下でもない。
ただ、傘を借りた。本当にそれだけだ。
「だから、おねがいがあって、」
小さく口を開けば、落ち着きを取り戻した様子の那乃は「なに?」と首を傾げた。それから、意を決してお願いごとを口にする。
「着いてきてほしいの」
「…………」
「これ、返さなきゃ、だから」
そう。この件はこれで解決というわけではない。借りたのだから、きちんと持ち主に返す必要がある。そのために、晴天の今日、傘を持ってきたのだ。