追憶ソルシエール
差し出された透明な傘を受け取って、ガチャリと扉を開けて外に出ると、パンの甘いにおいは薄くなって、その代わりに雨のにおいが微かにした。
汐里さんの言っていた通り、パラパラと小雨が降っている。
異変は感じてた。午後の授業が始まったあたりからなんとなく雲行きが怪しくて。でも、折り畳み傘もリュックの中に入ってることだし問題ない。それに、これくらいの雨ならまだ傘をささなくても大丈夫だと歩き出した。
『南高校の制服を着た黒髪の男の子で、たしかお店を出て右に曲がったわ』
お店を出る直前、汐里さんが言っていた台詞を頭の中でなぞる。
ちょうどこの時間帯は帰宅ラッシュで、スーツを着た社会人や部活終わりと思われる高校生の姿が多く見られる。
「見つけれるかな、」
多少の不安を零しながらも、南高の制服、黒髪、男の人、と頭のなかで特徴を唱えながら傘の持ち主を探す。
歩きながらすれ違う人ひとりひとりを確認するのは思っていたよりも大変だった。
黒髪の男の人を見つけても他校の制服を着ていたり、反対に南高校の制服を着ている人を見つけても黒髪じゃなかったり。
南高校の最寄り駅は、この近くにある駅から数駅先。だから、傘の持ち主と同じ制服を着ている人はそれほど多くはない。簡単とまではいかずとも、もっとすんなり、早い段階で見つけられると思っていた。