追憶ソルシエール

今までは全て本当の情報だったからよかったものの、今回ばかりは那乃の妄想だ。真実ではない。


伊吹くんはただ困っていたわたしを助けてくれただけだ。1年生の頃も同じクラスで、入学したての時期に隣の席だった伊吹くんが明るく話しかけてくれたのを覚えてる。それで緊張がほぐれて安心したことも覚えてる。





「好意がなきゃ優しくしなくない?」


その言葉とともに、こちらに視線を投げかける。「え?」と零せば再び口が開かれる。




「嫌いな相手が困ってても助けなくない? なるべく関わりたくないから放っておくことない? 少なくともそこに好意があるから手を差し伸べるんだよ」



ひと通り意見を述べたあと、「あたしはそう思うなー」と自分で頷いて納得している。






好意があるから、優しくする。

ほんとうにそうなのだろうか。確かに一理あると思う。でも、那乃だけがそういう意見というわけでなく、世間一般的に見ても同じような解釈をするんだろうか。






……だったら、あの日、傘を貸してくれたのは?




とりとめのない疑問が頭のなかを占領する。

真実なんて西野くんしか知らなくて、わたしが考えたところで答えなんて出ないのに、どうしても考えてしまう。だからといって、面と向かって本人に聞く勇気などあるはずがない。
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