追憶ソルシエール
ドアから顔を覗かせる。他クラスでも躊躇なく席に座って友達と会話している那乃を見つけて「ほら、あそこ」と教えれば、「あ、ほんとだ」と凌介くんは笑う。
「馴染んでて全然気づかなかった」
「だよね、わたしも思う」
傍から見れば、もうこのクラスの一員だ。凌介くんでも気づかないくらいなんだから。
ふたり揃って那乃のほうを見ていれば、用事が済んだのか席を立ってこちらに向かってくる。
「ふたりしてなに笑ってるの?」
わたしと凌介くんの顔を交互に見て怪訝な表情を浮かべる。凌介くんと目を合わせると思わず、ふふ、と微笑が漏れた。「大したことないよ」そう返せば、那乃は「ふーん」と腑に落ちない様子で頷いた。
「ねえねえ」
凌介くんから電子辞書を返却してもらい、次の英語の授業に支障をきたすことはないと安心していれば、ひそひそと那乃に呼びかけられる。
「ん?」
「言ってないよね? 佐田に」
「……言うって、なにを?」
かき消されそうなほど小さな声に、耳を傾ける。つられてわたしまで声を潜めて訊いてしまった。
頭の中は依然疑問のままでいるわたしを放っておいて、那乃は振り返って周りを警戒する。昼休みの廊下にはわたしたちふたりしかいないことを確認すると、躊躇いがちに口を開く。