追憶ソルシエール
「これ並べてもらってもいい?」
「はーい、いま行きます」
調理場から顔を覗かせた汐里さんから、トレーを受け取る。
規則正しく並べられたアップルパイを前に、香ばしく甘い匂いが鼻孔を擽る。
「おいしそう〜」
「でしょ〜」
「世莉ちゃんはいつも褒めてくれるから作りがいがあるよ」
汐里さんに続いて、目尻に皺を集めて優しい笑顔を見せるのは、このお店のオーナーであり、汐里さんの旦那さんでもある夏向さん。
このパン屋さんは、夫婦ふたりで経営しているお店。夫婦ともに雰囲気がとても温かくて、だいすきな場所。
「じゃあ並べてきますね」
「よろしくね〜」
トレーを抱えて、入口近くにあるアップルパイのスペースへと向かう。このお店の看板商品でもあり、人気も高いアップルパイ。
それにしても、今朝は驚いた。振り返ったら西野くんがいるから。これからもまた、今朝みたいに何度か駅で会うかもしれないなあ。
つい最近までだったら、時間を変えるなりしてどうにか避けてたと思うけど、今は不思議と嫌だと思わない。あの日、偶然傘を渡しに行ってから会ったのは数回だけど、もう慣れてしまったのかもしれない。
リンリン、と来店を知らせる鈴の音が鳴る。
扉のほうを一瞥し「いらっしゃいませー」とお客さんを迎え入れれば。
「あ、」
反射的に零れた一音。
「あ、」
目が合って、ほぼ同時に相手も同じ言葉をその場に落とした。
ミルクティーの髪色。南高校の制服を着た彼は、扉の前に立ったまま、こちらに視線を投げかける。