あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
予告した通り、午後五時前になると和花は机の周りを片付け始めた。
「残りは、明日の朝ここに来てからから仕上げるね」
「サンキューです。もうすぐ佐絵子がメシ持って来てくれるんだけど、食べていかないか?」
自分たちもお腹がペコペコなのだろう。大翔の声に、アシスタントたちが顔を上げた。
「佐絵子には会いたいけど、夜のバイトに遅れちゃうからヨロシク伝えておいて」
「わかった。気をつけて行けよ」
「はあい」
大翔の恋人、松丘佐絵子とは和花も大の仲よしだ。
三人は同じデッサンスクールに通って、美大を目指していた頃からの付き合いだ。
同い年の三人は、高校時代から絵の腕を競い合ったものだ。
だが大翔は漫画家になり和花は絵の道を諦めた。結局、美大を卒業したのは佐絵子だけになってしまった。
大翔と佐絵子が付き合い始めたのは、大翔が漫画家デビューする前からだ。
大翔は佐絵子から女子の恋愛感情についてのアドバイスを受けた作品を応募したら、新人漫画家賞を獲得したのだ。
それがデビューのきっかけになったのだが、恋愛に疎かった大翔が毎回ストーリー展開を佐絵子に相談しているうちに、ふたりは本当の恋に落ちた。
大翔と佐絵子は仕事も恋も順調だ。
佐絵子は毎日のように仕事場に来ていて、ふたりは仲睦まじくしている。
近くでその様子を見せられたら、和花はちょぴりひとりでいるのが淋しくなってしまう。
樹と別れてから、和花は『恋』というものから遠ざかっているのだ。