あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
「まさか……」
「だから、どんなお花がいいのか決められなくて困ってたの」
樹は右手で額をおさえるようにして絶句していたが、ひと息つくと佐絵子に告げた。
「おばさんは紫やピンクの花が好きだ。きっとトルコ桔梗とか喜ぶよ」
「そんなことまで覚えてるんだ」
佐絵子の言葉を聞いて、樹は苦し気に眉をひそめた。
「あたり前だろ、和花のおふくろさんだ」
その時、秘書の佐竹が歩道に車を寄せて停めた。すぐに車から降りてきて、樹をせかす。
「お待たせしました。樹さん参りましょう」
樹の側まできて、腕を取ろうかという距離だ。
秘書にしては近すぎるその態度を見て、佐絵子は頭の中でプチっとなにかが切れた音がした。
「あなたねえ、アタシは樹さんの身内なの。今、大事な話をしてるのよ」
佐絵子の剣幕に、佐竹が目を丸くした。
「し、失礼しました。お身内の方? で、いらっしゃいますか?」
その場を収めようと、仕方なく樹が口を挟んだ。
「弟の婚約者だ」
「は、はい。申し訳ございません。でも、お急ぎになりませんと」
「ああ、わかった」
和花の母のことは気になるが、樹は仕事に行くために車に乗った。
今度は樹が運転して秘書は助手席だ。
ふたりを見送る佐絵子は面白くなかった。
(助手席に乗るのは和花だけだったのに……)
だが気を取り直して花屋に戻ると、色とりどりのトルコ桔梗の花束を注文するのだった。