あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
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花屋で偶然に佐絵子と出会った日、仕事を終えた樹は弟のマンションを訪れた。
チャイムを鳴らしても、中々出て来ないから苛立ち紛れに十回程鳴らしてみる。
『はい』
インターフォン越しに、大翔の寝ぼけた声が聞こえた。
「俺だ」
数十秒待たされたあと、玄関のロックが外された。
「何事なの、兄さんがここに来るなんて」
ボサボサの頭をかきながら、大翔が顔を見せた。
「今、少し話せるか?」
「入稿したばかりだから、いいけど」
樹は中に入ると、いつも通り雑多なリビングを見回してからソファーに腰掛けた。
ふたりは向き合って座ったが、お互いに相手の出方を気にして黙ったままだ。
「なにか飲む?」
思い出したように大翔が声をかける。
「いや、お構いなく」
「うん。で、話ってなに?」
沈黙に耐えられなくなった大翔が、さっさと話せというように促した。
「今日、さえちゃんから連絡がなかったか?」
「えっと……?」
大翔は仕事が終わってからずっと寝ていたのだろう。
寝室に走って行くと、スマートフォンを手にして戻ってきた。
「佐絵子から? ああ、これか」
ブツブツ言いながらメッセージを読んでいたが、次第に機嫌が悪くなっていった。
「あいつ!」
大翔にしては珍しく声を荒げている。
「さえちゃんから、和花のおふくろさんのことを聞いた」
「もう兄さんには関係ないだろ!」
大翔は和花のことについて、なにひとつ樹に話す気はなさそうだ。
「どうしてそう決めつけるんだ」
「和花が、望んでないからだよ!」
大翔は喧嘩腰だ。
「俺は和花の力になりたい。俺に出来ることがあるなら、なんでもしたいんだ」
樹は大翔に自分の気持ちを伝えようとしたが、大翔は相手にしたくないようで不機嫌さを隠さない。
「今頃、なに言ってんだ」