あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
「お父さんのことがあった時、和花がどれだけ兄さんを頼りたかったかわかってんのか?」
あの頃、和花が何度も樹に電話をしていたのを大翔は知っている。
「わかっている」
「簡単に言うなよ! 今度はお母さんが大変だっていうのに」
普段は大人しい大翔が、今日に限っては最初から怒りを隠さない。
「言い訳はしない。だが……」
大翔は樹の言葉を遮った。
「アイツがこの四年間、苦労して苦労して、大変な思いをして生きてきたの知ってるか?」
和花と会っていなかったことについては、樹に返す言葉はない。
「大学辞めてから経理の勉強して、昼も夜もバイトしてるんだ」
「そんな……」
さすがにそこまでとは樹も思っていなかった。
優雅に絵を描いていた和花の姿からは想像もできないのだ。
「アイツはたったひとりでお母さんを支えて頑張ってきたんだ。俺や佐絵子の力も借りず」
「ああ」
「これ以上、和花を傷つけたら許さない」
大翔は樹の話を聞く気もなさそうだ。
「そんなつもりはない、ただ、和花の力になりたいだけだ」
大翔はフンッと鼻で笑った。
「四年前は、僕も佐絵子もガキで和花になにもしてやれなかった。でも、今は違う。俺にだってカネも人脈もある」
「大翔」
「僕と佐絵子が和花の力になる」
それは『もう和花には樹はいらない』と宣言したようなものだ。
「僕は兄貴みたいに親父やお袋のお気に入りじゃあないからね。気軽なもんさ」
「俺だって、もうあの人たちと関わる気はないよ。この先も父さんの事務所で働く気はない」
その言葉を聞いて、大翔は一瞬だけ驚いた表情を見せた。
「でも、兄貴はもう別れてるんだ。和花と関係ないはずだ」
すぐに気を取り直したのか、大翔は口を出すなというように言い切った。
「俺は、和花と別れたつもりはない」
樹が心の中でずっと思い続けている心情を吐露すると、大翔は信じられないとでもいうように顔を歪めた。
「大翔、頼むから和花のお母さんにもしものことがあった時には知らせてくれ」
大翔は黙り込んで、ただ樹を睨んでいた。