あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
(ダメだな。余計なこと考えていないで、仕事仕事)
普段は樹のことなど忘れているのに、つい思い出してしまった。
ぼんやりしてたら、夜のバイトに遅れてしまう。
和花は樹への想いを自ら捨ててしまったことを悔やんではいない。
あの時はそれが一番いいと真剣に思ったのだ。ただ、あれから男の人を好きになることができないだけだ。
誰かに夢中になるエネルギーは、今の和花には残っていない。
恋をする時間も体力も気力も和花にはないのだから、過去の甘い思い出にも目をつぶらなくてはと思う。
(今は、目の前の仕事をこなすだけ)
大翔たちに挨拶をして和花がマンションから一歩外に出ると、熱風が頬にあたった。
夕方のアスファルトは一日の熱を蓄えてかなり熱い。西日もギラギラ眩しいくらいだ。
(駅まで歩くの暑そうだな)
うんざりしながらも和花が歩き出した時、マンションの正面に一台の青いドイツ車が止まった。
「ありがと~。助かりましたあ」
車の中から大きな声がして、助手席から女性が降りて来た。
「あ、和花! よかった~、会えた~」
「久しぶり、佐絵子」
和花の目の前に現れたのは、大翔の恋人の佐絵子だった。