あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
ふたりは美術館にある、V&Aカフェでお茶にすることにした。
和花にとって久しぶりの日本語でのおしゃべりだ。
「ここで主人と待ち合わせだったのよ」
「私がご一緒してよろしいでしょうか?」
「大丈夫よ、あの人若い子が大好きだから」
「は、はあ」
ざっくばらんな言い方をしているが、美女はご主人のことを愛しそうに話している。
「それより、ここのカフェ、手頃で美味しいわよ。なにがいい?」
「ヴィクトリアケーキ……美味しそうですね」
「じゃ、同じものにしようかしら」
絵心のある美女との会話は弾んだ。美味しいケーキとコーヒーは身体も心も温めてくれる。
つい夢中でしゃっべっていたので、和花は慌てて美女に挨拶をする。
「すみません、自己紹介もしていなくて」
「あら、そうだったわ。こちらこそごめんなさい。私は万里江っていうの」
「私、奥村和花と申します。これからロンドンで暮らしますので、よろしくお願いします」
和花は座ったままだが、日本人らしく一礼をした。
「奥村さん…?」
和花が顔を上げると、美女が目を大きく見開いていた。
(ああ、また……)
時々だが、父の贋作疑惑事件を覚えている人から同じ反応をされている。
「父をご存じですか? 私の父は、奥村圭介です」
そんな時、和花はきちんと父の名を言うことにしている。父は罪を犯してはいないのだから、堂々と名乗るのだ。
「知ってるなんてもんじゃあ……」
女性の目から大粒の涙が溢れてきた。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「あらあ~涙がでちゃったわあ~。ゴメンなさいね」
女性がハンカチを探そうと、バックを開いて中をかき回している。
「マリエ、ほらハンカチ」
美女の前に、すっと男物のハンカチが差し出された。