あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
東京で出会った紳士と妖艶な美女の夫婦は、フレデリック・ハワードと万里江・ハワードだと自己紹介してくれた。
二人の住むチェルシーの高級住宅街までは美術館から歩いてすぐだった。
豪華な屋敷の中に入ると、何世紀か遡った感覚になる。
「ハワードさんは、もしかして伯爵さまですか?」
その名前から想像して和花が尋ねると、ハワードが少しはにかんだ表情になった。
「ご先祖様はね。僕は色々と事業をしているんだよ」
案内された部屋は、アンティーク家具とモダンなインテリアが混在する不思議な空間だった。
ソファーに座って見とれていたら、メイドが香りのよい紅茶を入れてくれた。
「さて、どう説明しようか」
紅茶を口にしてから、やっとフレデリックが話し始めた。
「僕は仕事で絵画も取り扱うから、オクムラのことは昔から知っていたんだよ」
「昔から?」
「そうなの。私が十年前にイギリスに留学してきた時もお世話になっていたのよ」
和花は、父が海外へ絵の勉強に行く人たちの支援をしていたことを思い出した。
「僕とマリエを結び付けてくれたのもオクムラだったんだ」
フレデリックが昔を懐かしむ、遠い目をした。
「では東京でお聞きしていた、長い黒髪の女性は万里江さんだったんですね」
彼が頷くと、万里江が微笑んだ。
「私たち、出会ったその日に恋に落ちたのよ」
「わあ~、ロマンティック!」
だが、国境を超えての恋愛には困難もたくさんあったらしい。
「文化の違いとか色々あって挫折しそうな時、奥村さんが力になってくださったわ」