あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
「そうだったんですね……」
恋に試練はつきものなのかと、和花は自分と樹のことに置き換えて考えてしまった。
「あの事件の話を聞いた時、すぐに東京に行きたかったんだ」
「丁度、私が次男を出産する頃で身動きが取れなかったの」
ハワード夫妻は、それは丁寧に詫びてくれた。
当時ロンドンの美術界では、さるオークションで資産家の遺品が多数出品されるのではという噂が飛び交ったそうだ。
ところがどのオークションにも出品されず、噂になっていた作品のうちの数点を父が別のルートで手に入れていたという。
「もしかしたら、日本で作家の名を売るために故意にオクムラの手に渡っていたのかもしれない」
「それでフレディが遺品を調べたんだけど、その数点以外は行方がわからくなっていたの」
「最近になってあの時に噂されていた絵が売られているから、マネーロンダリングだったのかもしれないと思っていたところだったんだ」
ふたりはハワード家の力を使ったり友人たちに頼んだりして、父の無実を証明するために色々協力してくれていた。
そのうえ今でも父のことを気にしてくれているのがわかって、和花は感謝しかなかった。
「父のために、ありがとうございます」
「和花、本当に残念だわ。あの時に力になれなくてごめんなさい」
万里江はまた涙ぐんでいる。
「父も、おふたりにお礼を言ってると思います」
「オクムラのためにも、必ず君の力になるからね」
和花がお礼を言うと、ハワードは力強く約束してくれた。
「すみません。お気を遣わせてしまって」
「そういう、日本人っぽい遠慮はしないでね」
ようやく泣き止んだ万里江が微笑んだ。
「わかりました。目一杯、甘えさせていただきます」
「それがいいわ。主人も私も妹ができたみたいで嬉しいもの」
その日はふたりの間に生まれた子どもたちを紹介してもらったり、夕食までご馳走になったりして久しぶりに和花は家庭的な暖かさに触れたのだった。