あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
「父も母も亡くなって、この世にひとりぼっちだと思っていたのに赤ちゃんがきてくれるたんです」
口に出して『産む』と言ってしまうと、喜びがこみ上げてきた。
和花は少し興奮気味に、自分が思っていることを万里江に伝える。
「和花。気持ちはわかるけど、相手に妊娠したことを伝えないの?」
「相手? 別れた人に伝えるなんて……」
ただ喜びに浸っていた和花の肩に、万里江は冷静になるようにと手を置いてきた。
「でも、子育てって大変なのよ。あなたひとりじゃあ限界がある」
万里江の口調は、和花を諭しているようだ。
「主人がいる私だって苦労したのに。あなたはひとりで育てられるの?」
「苦労……」
「そうよねえ。今のあなたにはわからないかもしれない。お金も時間も、自分の持てるすべてを子どものために使うってこと」
「今は驚きと喜びだけで胸がいっぱいで……」
万里江の言葉を聞いても、和花はまだピンときていない。
兄弟も親戚も少ない和花の周りには、小さな子どもはいなかった。
幼い子と遊んだことも赤ちゃんを抱いたこともない和花には、子育ては未知の世界だ。
「どんなに大変かは正直わかりません。でも、子どもを授かったことが嬉しくて嬉しくて、叫びたいほどなんです」
「和花の気持ちはよくわかったわ」
万里江は和花との話を終えると、バッグからスマートフォンを出して電話を架け始めた。
「ああ、万里江です。和花の家まで、すぐに来てちょうだい」
それだけを命令するように言うと、電話を切った。
「万里江さん、どなたを呼んだの?」
和花が誰だろうと思って尋ねると、万里江はあたり前のように答える。
「岸本さんに来てもらうわ」
「ええっ! 晃大さん?」
「あなたの後見役でしょ。こんな一大事だもの伝えなきゃ」
万里江はさらりと言うが、和花は晃大に妊娠したことを話すのは躊躇した。
晃大も、和花と樹のこれまでの関係を知っている。
(晃大さんは、私がひとりで産むって言ったら反対するかもしれない)
晃大がフラットに来るまで、和花の心は不安な気持ちでいっぱいになっていた。