あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
佐絵子は和花が悲しい気分になった時も笑い飛ばしてくれる人だ。
高校の美術教師になった佐絵子は、大翔にとってかけがえのない存在になっている。
現在進行形の女子高生の話が『三枝マリ』の作品に大いに役立っているし、プライベートでも大切な女性だ。
『僕らふたりでやっと一人前なんだよ』
大翔はよくその言葉を口にする。
和花は時間を気にしながらも、後ろの気配が気になっていた。
どうやら青い車がそろそろと近付いてきている。
「和花、駅まで送って行こうか」
案の定、窓を開けて樹が声を掛けて来た。
「結構です」
低く心地よい声に、つい彼の顔を見たくなる。
彼と付き合い始めてから、何度あの声に蕩けさせられただろう。
でも、和花は振り向かない。真っ直ぐ前を向いて歩き続ける。
車は完全に止まったようだ。
(彼は……樹さんは……私を追いかけてはこないのよ)
あの時も、今日も、彼の中では和花の存在はその程度のものだったのだ。