あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
秘密を抱えて
そして、また四年が過ぎた。
樹の職場から近い、神宮外苑の銀杏並木が色付き始めようかという季節だ。
父親からは何度も武中法律事務所へ帰ってこいと言われたが、ずっと『水河法律事務所』で働いていた。
アメリカやイギリスへの出張以来、井上省吾とコンビを組んで働くことが増えていた。
彼は明るい性格なので、無口になりがちな樹を上手くフォローしてくれている。
おしゃべりな癖に、公私のけじめはきっちりしているのも樹にはありがたかった。
ずっと樹の秘書だった佐竹も独身のまま、今は事務方のリーダーになっていた。
相変わらす距離が近いのが難点だが、仕事は出来るので樹は放置していた。
樹は彼女だけでなく、アプローチされても女性に興味を示さない。
何年経っても、和花以外に彼の心を射止める女性は現れていなかった。
「武中さん、所長がお呼びです」
金曜の午後、井上が呼びに来た。
何事かと所長室に行くと所長の水河がニコニコとご機嫌でデスクに座って待っていた。
「急に申し訳ない、武中君」
「いえ、何か急な依頼でもありましたか?」
「突然で申し訳ないが、明日の夕方は時間があるだろうか」
人畜無害な顔をしているが、佐竹が策士なのは樹もよくわかっている。
今回も慎重に返事をしようと言葉を濁した。
「土曜日ですか?」
「いや、娘に頼まれていたのをコロッと忘れていてねえ」
「娘さん? 所長の娘さんですか?」