あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
翌日からの和花は、仕事と玲生のことで手一杯になった。
玲生にもわかりやすい言葉で話して聞かせたつもりだったが、大きく環境が変わってしまったことは否めない。
暮らしの変化は、幼い玲生には負担が大きかったのだろう。
玲生はいきなり日本語の暮らしになったうえに、いつも側にいる人たちが変わったことで情緒不安定になってしまったのだ。
赤ちゃん返りというのだろうか、昼も夜も和花の姿を探して泣くし怒りっぽくなっていた。
「ニホン、キライ」
「ロンドン、帰りたい」
時々大きな声で騒いだり、おもちゃに八つ当たりするのだ。
和花は玲生が落ち着くまで側にいてやりたくて、ビルの三階の自室と一階の店舗を一日に何回も行き来していた。
「玲生の子ども時代はあっという間なんだから、今を大切にしなさい」
万里江も玲生のことを一番に考えるようにと理解してくれたので、ありがたかった。
シッターをお願いした高原はベテランらしく、そんな玲生を温かく包み込んでくれた。
『和花さんが安心して働けるようにお手伝いしますからね』と言って、子育てに不安になった和花のことをまるで母か姉のように支えてくれるのだ。
それに元々気管支が弱くて、時々咳き込んでいる玲生の状態にも細かく気配りしてくれる。
そのおかげで玲生が落ち着いてくると、和花はようやく仕事と子育ての両立を計れるようになってきた。
店内に設置しているモニターで来店客は確認できるし、ビルの内階段を利用すれば自室との行き来も早い。
事務所とダイレクトに自室を繋ぐ室内フォンも上手く使って、来客があればすぐに対応できるようにした。
もし樹が訪ねてきたらという不安はあったが、パーティーから日が経つにつれ和花は有り得ないと思うようになってきた。
(いつまでも樹さんが私を気にしているなんて、思い上がりだわ)
彼とはもう終わったのだと、和花は自分に言いきかせていた。