あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
樹がそんなことを考えていたら、井上が樹の部屋に入ってきた。
「ぼんやりして、どうかされましたか?」
「あ、すまない。ノックに気が付かなかった」
いつもと違う樹の雰囲気に、井上は怪訝な顔だ。
「樹さんらしくないですね」
「チョッと気になることがあって」
樹はノックの音が耳に入らないくらい、和花のことを考えていたらしい。
井上が返事がないのを心配するなど、樹にしては珍しい失態だ。
「また新しい仕事を引き受けたんですか? 所長も人使いが荒いからなあ」
「いや、プライベートだよ。それより、なんだ?」
「あ、失礼しました。それこそプライベートで申し訳ないのですが」
いつも率直にものを言う井上が、少し戸惑っているようだ。
「構わないよ」
「この前のアンティークショップに連れてってくれって、莉里さんから連絡があっったんです」
「へえ~、彼女と連絡先の交換してたのか」
井上が照れくさそうに笑った。
「実は、莉里さんから連絡先が知りたいっていわれて」
「行ってくればいいじゃないか?」
若いふたりはあっという間に意気投合したようだ。
「樹さんも行かれます?」
「俺が?」
いきなり、井上が樹も誘ってきた。
「あの美人オーナーさんのこと、気になってるんじゃありませんか?」
意味深な目つきで樹の顔を伺ってくる。