水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
一章「沈丁花の遭逢」
一、
一、
今日、夜空に私が見えるらしい。
梅雨前のからりとした昼間の暑さから一転。夜はまだまだ肌寒くなる季節。
紅月は仕事帰りでクタクタになった体のまま、顔を上げてネオンが明るすぎる街で夜空を見上げた。今日は月が影に隠れていまう、皆既月食が見られると数日前からニュースで何度も伝えられていたが、どうやらこの街の人々は月の満ち欠けや色の変化には全く興味がないようで、夜空を見上げている人など周りにはいなかった。むしろ、自分が奇妙な目で見られてしまっている。
地球の影に月が完全に入り込む現象。
だが、影が落ちるのに黒くはならないらしい。ニュースで理由を詳しく話していたが、紅月はよくわからなかった。そして、やはり自分が夜空で異様な輝きを見せていた。
赤ワインのような赤銅色の満月が、街を見下ろしている。アルビノの蛇の瞳のようだ。そして、血の色にも見える。赤く染まったその様子はどこか不気味な雰囲気を醸し出している。ホラー映画なら、この月が出た夜はきっと何処からともなく悲鳴が上がるのだろう。
「……本当に、私と似てる。不気味ね」
紅色の月。
まさしく、街で月を見上げる彼女、#紅月__あつき__#と同じだった。
そして、その存在する雰囲気自体も、似ていると、紅月は思った。
けれど、それは紅月自らが選んで決めた道。だから、後悔などしていないし、むしろ嬉しくもある。
あの存在もある種、自分と同じようなでもあるのだから。
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