水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
その時だった、外の男たちがざわざわと何かを話し始めた。そして、お経を読み上げていて父親の声も途中で止まっていた。
けれど、駕籠を持っていた男たちから「出るな」と言われていたので、駕籠の中で混乱しているしかなかった。
「おいッ!おまえは何者だ!?」
「儀式の邪魔をさせるな!」
「うるさい!人身御供なんて馬鹿な事してる奴にいわれたくない!あんな化け物、神様でもなんでもないだろっ!?」
村人と口論している声を聞いて、紅月はハッとした。
聞き覚えのある声。ずっとずっとに聞きたいと思っていた声。
紅月は体をよじりながら駕籠の扉を開けようとする。すると、その前にガタガタと音を上げて扉が開いた。
「ッ!!無事だったかッ!?」
「や、山男さん………!!」
駕籠を開けて紅月を抱き上げたのは、他でもない銀髪の山男だった。
あぁ、助けに来てくれたんだ。それがわかり嬉しさが込み上げてくるが、それよりも何よりも紅月は、彼の姿に声にならない悲鳴を上げてしまう。
彼の体からはいたるところから血が出て、腫れあがっており、顔色も真っ青だった。息も荒く、紅月の体をどうにか支えてはいるが、彼から聞こえてくる鼓動は以上に早くなっていた。
「そ、その傷は!?どうして、こんな事に………」
「あぁ。ちょっと、蛇神を退治したら、こうなった」
「蛇神様を!?そんな、………あぁ、血が止まらない、どうしようッ!」
紅月は、彼の血が溢れ続けている、紅月は白無垢を破り彼に手当てしようとする。
けれど、それを彼が冷たくなった手で止める。
「や、山男さん?」
「せっかく綺麗なんだ。破いてしまっては勿体ないだろう。その、白無垢似合っているな……」
「こんな時に何を言ってるんですか?早く、早くしないと矢男さんが……」
「俺も、おまえに言わせれば綺麗なんだろう?こんな雨で濡れてるけど、今でもそんな風に思ってくれるのか?」
雨に濡れた銀色の髪は、艶があり、まるで日の光を浴びて光る川の水のようだった。これが人の髪だなんて、きっとこの人は神様に愛されて生まれてきたのではないか、そんな風に思えるほど神聖なものにさえ感じる。
「とても綺麗です。私が愛してしまった男の人は、こんなにも綺麗だなんて、みんなに自慢したいぐらいに。水もしたたるいい男なんだよって」
「そうか。では、この白無垢姿は、俺のために着てくれたんだな」
「……はい」
山男は体がガクッと崩れ、紅月の体も地面についてしまう。泥がつくのもかまわず、今度は紅月が彼の体を支えた。ぬるりとした感触を腕に感じる。生暖かい液体。すぐに血だとわかる。胸よりも背中の方が傷が深いのか、地面にも彼の血たまりが出来ているのに気づき、紅月は焦りを感じて、山男を抱きしめた。