水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
「晴れたぞ」
「まさか、本当に蛇神様を退治したから?」
「では、化け物だったのは蛇の方なのか?」
「まさか、そんな事が……」
村の男たちや紅月の父親は呆然としながら、明るい陽の光を見上げていた。
だが、紅月は違う。腕の中で、苦しそうに顔を顰める彼を涙を流しながら見つめていた。
「山男さん。しっかりしてください!お願いです!私を一人にしないでくださいッ!」
「あぁ、おかしいな。寒いな。それに、おまえの声が聞こえない」
「いや、やめて。そんな………」
彼の目の色が光りが消えていく。あんなにも早かった心臓の音も弱くなっていく。
必死に彼の頬に手を当てる。「ここにいます」と伝えるかのように、する彼は目を細めた後、ゆっくりとほんのり温かさが残る手を重ねてくる。傷だらけだけど、大きな手のひらだ。紅月の手をひいて、歩いてくれた。助けてくれた、大好きな手。
「……俺のな、まえは、左京………だ。俺の、……お嫁さんのなま………っ……は?」
「左京様。左京様………私は、わたしの名前は#優月__ゆづき__#です」
「…………」
「左京様。左京様!!私の名前を呼んでください…………」
どんどん冷たくなっていく左京の体。
どんどん真っ赤に染まる白無垢。
左京の命を奪った化け物は、自分ではないのか。
その時の優月は、泣きながら左京に謝り続けた。
左京の魂を見送るかのように、大きな美しすぎる虹の橋が空に浮かんでいるのを、紅月は1度見た後、すぐに真っ赤に染まった血の大地へと視線を戻した。